たずねびと。番外―決別
 
 とうに日の落ちた道を、男二人は早足で進む。彼らはそれぞれに灯を携え、それで足元を照らしている。
「急ぎませんと、また騒ぎになりますぞ」
「心配せんでも、とうの昔に皆、気づいておろう。大丈夫じゃ、一番うるさい其方がここにいるのだから」
「御屋形様っ!」
 飄々と答える時成に、実章は語気を荒げた。時成は気にするぞぶりもない。ちらりと背後を窺い、急に歩く速度を落とした。
「御屋形様、どうされました?」
 気配が遠ざかったことを不審に思った実章が振り返る。灯に照らされた時成の顔が、にかっと笑った。
「実章。ここは諦めて、もう少しゆっくりと歩かんか?」
「……何ゆえそうなります」
 溜息を隠さない実章に対し、時成の表情は相変わらず明るい。
「其方とこの道を歩くのも最後じゃ。どうせ、急いだところで城に着くのは真夜中。こうなったら思い出を噛み締めながら帰ろうではないか」
 それが心からの本音なのか、疲れたゆえの方便なのか、実章には図りかねた。だが、例え方便だとしても、彼には主君を無理やり抱えて走るほどの体力はない。時成がそう言う以上、従うしかないのだ。
 無言で時成に並んだ実章は、代わりに別のことを口にした。
「……御屋形様。くれぐれも、ご自愛下さいませ」
「うん?」
 一度は聞き返した時成だったが、意図を理解したらしく、ああ、と頷く。
「急な病とかは、どうしようもないがな。戦で命を落とすことはなかろうよ」
 近隣の領主である嵯峨野氏とは相変わらず敵対したままだ。これから先、再び戦が起こらない保証はない。だが、そう言ってのけるということは、どんな手を使ってでも生き延びるという、何かしらの考えがあるのだろう。
「少なくとも、楠木山が戦禍に巻き込まれるようなことにはならんようにせんとな」
「……はい」
 実章としても同意だった。もちろん、城主としての時成には、優先すべき場所は他に幾らでもある。だが、それらのどこが落とされるより、ムツミたちに被害が及ぶ方が、時成は何倍も後悔するだろう。
 時成の横顔を眺めながら思いを馳せていると、彼は不意にいたずらっぽく笑った。
「やはり、夕方まであちらに居座って正解じゃったな」
「? 左様ですか?」
 眉根を寄せる実章。時成は鼻高々に続ける。
「行きはあんなに苛立っていた実章がこうも大人しくなったのは、日も沈んで涼しくなったせいであろう?」
「…………」
 その言葉に、実章は仏頂面になる。人が気を遣ってみればこの主は、と苦い顔をする。だが、行きはあんなにも苦しかった道のりが、今はさして苦にならないのは、決して気温のせいだけではなく、ましてあちらに置いてきた唐櫃のおかげで荷物が断然軽くなったせいでもない。それは紛れもない事実なのであった。
 

《終》 あとがき

 

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