たずねびと。あらすじ
 
「じゃあ、行ってくる」
 そう妻子に笑いかけた男は、それから二度と戻ることはなかった。
 
 七年後。十五歳になった少女・リノは、行方知れずとなったままの父親を捜す旅に出ることを決める。
 地元大名の戦に付き従った父のこと、生き長らえているとはもとより思っていない。楽天的に父の生存を信じ、父親捜しを続けている兄・タカヒトと同じことをするつもりはなかった。
 すなわち、「生きている証拠」ではなく「死んでいる証拠」を見つけるのだと。
 
 ひょんなことから父が与した嵯峨野氏と敵対する大名・山科時成やその家臣・烏丸実章と出会ったリノは、彼らが父について何かしらの事情を知っていることを聞く。
 喜び勇んで一時帰宅したリノは、母や兄、幼馴染のソウマに報告する。久々の団欒を楽しむ一同だったが、母・ムツミはどこか浮かない顔をしていた。
 
 そんななか、またしても山科氏と嵯峨野氏の争いが勃発する。陣中に潜入したリノとタカヒトは、時成の口から「真実」を聞かされる。
 実は、自分こそがお前たちの父親・カンジロウであると。
 七年前、嵯峨野側の兵として参戦した彼は、山科に捕らえられた。殺されるはずだった彼を救ったのは、当時の城主・「時成」の急逝と、士気の乱れを避けようと面差しの似た「カンジロウ」をその身代わりに見出した実章だった。
 敵とはいえ、その恩義に生涯報いるのが筋と帰還を拒む父は、兄妹に親として最後の言葉をかけるのであった。
 
 その頃、ソウマもまたムツミから七年前の「真実」を教えられていた。
 実はカンジロウは、先代城主の妾腹の子であり、時成の異母兄に当たる血筋にあること。
 側室としての身分すら与えられていない卑母から出生したために認知はされなかったが、自らは山科の家を想い、戦にも陰ながら加担した。――敵方に潜り込み密かに情報を流す、間諜として。
 そして、七年前の戦にて命を落とした。
 それを知ったソウマは、涙ながらに語るムツミに逆上する。どうして、タカヒトやリノに伝えてやらなかったのかと。
 子供たちを悲しませたくないというカンジロウの親心。日陰での生活を強いられた異母兄に対する時成の負い目。そして、夫の死を認めたくないというムツミのわがまま。今まで封じ込めてきた気持ちを吐露するムツミを、ソウマは受け入れることにする。
 少なくとも、あの兄妹はいま、幸せなのだから。
 
 満面の笑みで帰宅した兄妹を、二人は温かく迎え入れた。
 嬉々として「父」のことを報告する子供たちの姿に、ムツミは次々とこぼれ落ちる涙をぬぐった。
 家の裏手の森のなか、ムツミたちが密かにカンジロウを葬った場所。墓標代わりに置かれた丸い石は、ただ静かに佇んでいた。
 
《終》
 
 

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