双輪 ―フタツノワ―
 
「巫女様! 明宏は来てはならないとは、どういうことなのですか!? 何故、明宏は――」
 ようやく正気を取り戻したみかげが巫女に詰め寄るが、彼女は無視して歩き続けた。後ろから追いつこうとするが、足がもつれて中々たどり着けない。
「答えて下さい!巫女様――」
「其方とて、想像がつかないわけではなかろう」
 ようやく、巫女は振り返った。その視線の鋭さに、みかげはびくりと立ちすくむ。幼い頃、悪さをして叱られた時のことを思い出した。
 それから、みかげは何も言うことが出来なかった。
 
「親父!」
「何だ、挨拶もせずに」
 里長は、帰宅するや否や不躾に私室へと乱入してきた息子を咎めた。その表情から察するに、明宏の様子がおかしいことには気付いていない。いつもの、厳格な父親の姿だった。
 明宏は、祈るような気持ちで言葉を吐き出す。
「――俺の、姉だっていう人に会った」
「――何だと?」
 長の反応は著しかった。一瞬でその顔は蒼白になり、瞳には別の光が灯る。
「――明宏、それを誰に聞いた。あの巫女か? 巫女がお前にそのようなことを吹き込んだのか!?」
 ギリ、と明宏は唇を噛み締めた。今の台詞は、明宏の言葉を肯定するに等しかった。青ざめながら問い詰める長は、彼の知っている父親では決してありえなかった。
「……ああ、そうだよ。この話は巫女殿から聞いたし、実際に姉――みかげにも会った。なあ、親父がみかげを捨てたって本当か? 俺の、双子の姉を――」
「――みかげ?」
 里長は瞠目した。
「……俺の、『姉貴』の名だよ。巫女殿がつけたって聞いてる」
「何だと?」
 先ほどと同じ台詞だが、彼の様子は段違いだった。最初は驚愕に目を見開いていた彼が、今度は激しい憎悪をあらわにする。その急激な様子の変化に、明宏の方が戸惑いを覚えた。
「――親父?」
 呼びかけにも応じない。長はただただ、きつく手を握り締めていた。何がここまで父を動揺させるのだろう。ただ、みかげと言う名を口にしただけなのに。
「……俺の『姉貴』を間引いたって話は、本当なんだな?」
 最早答えは明確だったが、それでも明宏は訊かずにはいられなかった。そんな祈りに満ちた言葉も、すぐさま粉砕される。他ならぬ彼の父親の手によって。
「――ああ、本当だとも。やっと念願の子が出来たと思ったら、あろうことか男女の双子だったなんて――口にするだけで汚らわしい」
「!」
 明宏は思わず拳を握り締める。確かに双子は忌まれる風潮にあるが、己の父親はここまで自分の子を蔑視出来るのかと。そのことが、はらわたが煮えくり返るほどに憎らしい。
「だからこの手で葬り去ろうとしたのに――巫女め、このことを嗅ぎ付けて、あの娘を生かしおった。あまつさえ次代の巫女とするなど――私への、当て付けだ!」
「え――」
 明宏は、父親の言っている意味が分からなかった。巫女が彼に当て付けなど、するだろうか。確かに彼らの関係は決して良好ではないが、さりとて巫女がそこまでするだろうか。大体、何が当て付けになっているのか。
「待てよ、当て付けって……」
「お前に話すことは何もない。――良いか明宏。お前はもうその娘には会うな。不幸になるのはお前だ」
「何でだよ!」
 何故、巫女と同じように自分からみかげを遠ざける。血の繋がった、実の娘をまるで他人のように扱う?
 長はその質問には答えず、部屋を出て行き、そして玄関に向かう。明宏は口を開きかけたが、思いとどまった。今の父親に尋ねたところで、どこへ行くのかなど教えてくれるとも思えない。それに、明宏にはあらかた想像出来た。
 そしてしばらくした後、彼は下駄箱から履物を引き出した。
 
 時刻は既に、夕刻となっていた。
 急ぎ足で鎮守の森の方へと駆けて行くと、予想通り見覚えのある背中が見えた。間違いない。父は巫女の元へ行くつもりなのだ。
 人目を避けるように、長は頻繁に振り返ってくる。そのたびに明宏は物陰に身を隠すのだが、幸い向こうは気付いていないようだった。視界が悪くて助かった。
 それでも、いつ見つかるか分からない。明宏は少し考えて方向転換した。父が巫女と会うのなら、その間みかげは一人きりだろう。父がみかげに会いたがるとも思えない。だから、その隙に彼女の所へ――。
 父が巫女に会って、どうするかが気にならないわけではない。しかし、明宏には時間がなかった。父の目が自分から離れている今でなくては、みかげに会えないかもしれない。
 刻々と薄暗くなる、黄昏時のことだった。 <br"> 
 ここを訪れるのは、久方ぶりだ。長は重苦しい息を吐いた。あれは、何年前のことだったか。
 あの頃は、このようなことになるなど予想もしていなかった。いずれこうなるとも知らず、人目を盗んでは彼女に会いに来ていた。
 今夜、自分は想い出ごと彼女を葬り去る。
 
 社の前に、巫女は一人たたずんでいた。
 ゆっくりと参道を通り、彼女に近づいてくる男に目を留めると、にやりと笑った。
 そして、彼が一番厭う呼び名を口にする。
「ようやく来たか。――兄君」
 

《次》

 

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